
ペアレント・トレーニング(ペアトレ)は、もはや個別のクリニックや大学だけの取り組みではありません。国の施策として全国の自治体への普及が進んでいます。
この記事では、厚生労働省が発行した公式ガイドブックや関連施策をもとに、ペアトレが国の制度の中でどう位置づけられているかを解説します。
厚労省が発行した2つの公式資料
1. ペアレント・トレーニング実践ガイドブック(令和元年度)
令和元年度(2019年)の障害者総合福祉推進事業として、一般社団法人日本発達障害ネットワーク(JDDnet)が作成しました。ペアトレの定義、プログラムの基本的な構成、実施上の留意点などが網羅されています。
2. ペアレント・トレーニング支援者用マニュアル(令和2年度)
翌年度には、実際にプログラムを実施する支援者向けのマニュアルが作成されました。各セッションの進め方やワークシートの使い方などが具体的に記載されています。
国が定めたペアトレの定義
保護者や養育者を対象に、行動理論をベースとして、環境調整や子どもへの肯定的な働きかけをロールプレイやホームワークを通じて学ぶことで、保護者や養育者のかかわり方や心理的なストレスの改善を図るプログラム
この定義は、厚労省のガイドブックに記載されたもので、方式(精研式・まめの木式など)を超えた共通の定義として位置づけられています。
「基本プラットフォーム」とは
日本ペアレント・トレーニング研究会が中心となり、各方式に共通する要素を抽出して構築した標準的なモデルです。どの方式で実施する場合でも、この基本プラットフォームの要素を含むことが推奨されています。
6つのコアエレメント
| 番号 | コアエレメント | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | 子どもの良いところを探し、褒める | 保護者が子どもの肯定的な側面に注目する視点を養う |
| 2 | 行動の3分類 | 「好ましい行動」「好ましくない行動」「許しがたい行動」に分ける |
| 3 | ABC分析による行動理解 | きっかけ(A)→行動(B)→結果(C)の枠組みで行動を分析する |
| 4 | 環境調整 | 子どもが適切に行動しやすいよう、物理的・社会的環境を整える |
| 5 | 達成しやすい指示 | 具体的・肯定的・短い指示で、子どもが成功しやすい伝え方をする |
| 6 | 不適切な行動への対応 | 好ましくない行動への計画的な無視や、許しがたい行動への制限設定 |
運営の原則
- グループワーク形式(3名程度の小グループ)
- 全10回程度のセッション
- 講義+ロールプレイ+ホームワークの組み合わせ
- 各回120分程度
実施者の専門性
行動理論を理解した支援者が実施することが推奨されています。具体的には、医師、公認心理師、臨床心理士、看護師、精神保健福祉士、作業療法士、言語聴覚士などが想定されています。
発達障害者支援施策の中のペアトレ
厚労省の発達障害者支援施策の中で、ペアトレは「発達障害児者及び家族等支援事業」の柱の一つとして位置づけられています。
家族支援事業の5本柱
- ペアレントメンター養成等事業 — 発達障害の子どもを持つ経験者の保護者が「メンター」として支援
- 家族のスキル向上支援事業 — ペアレント・プログラム・ペアレント・トレーニングの実施
- ピアサポート推進事業 — 当事者・家族同士の支え合いの場
- 青年期支援事業 — コーディネーター配置・ワークショップ
- その他(SST等) — ソーシャルスキルトレーニングの実施
令和4年 児童福祉法改正 — ペアトレが法律に
2022年6月、児童福祉法が改正され、「親子関係形成支援事業」が新たに法定化されました(令和6年4月施行)。この事業の中核がペアレント・トレーニングです。
親子関係形成支援事業の概要
| 目的 | 親子間における適切な関係性の構築 |
| 対象 | 要支援児童とその保護者、子育てに悩み・不安を抱えた保護者 |
| 内容 | 講義、グループワーク、ロールプレイ等を通じたペアトレの実施 |
| 規模 | 1講座あたり概ね8回、各回120分程度 |
| 所管 | こども家庭庁(令和5年4月発足) |
これにより、ペアトレは単なる「良い取り組み」から法的根拠のある支援事業へと格上げされました。全国の市町村での実施が進むことが期待されています。
普及に向けた国の取り組み
| 年度 | 取り組み |
|---|---|
| 令和元年度 | 「ペアレント・トレーニング実践ガイドブック」作成 |
| 令和2年度 | 「支援者用マニュアル」作成 |
| 令和4年 | 児童福祉法改正で「親子関係形成支援事業」法定化 |
| 令和5年 | こども家庭庁発足、施策の一部移管 |
| 令和6年度 | 親子関係形成支援事業の施行開始 |
さらに、発達障害情報・支援センターでは、支援者向けのオンライン講義動画も無料公開されています。
NCNPの役割
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は、ペアトレの研究とエビデンス創出の中核機関です。
- 実施者養成研修の定期開催(医療機関の専門職対象)
- 系統的レビューなどのエビデンス研究
- 治療ガイドラインへの貢献(ADHD治療でペアトレを推奨介入に位置づけ)
- 発達障害情報・支援センターの運営
6つのコアエレメントを日常生活で実践するイメージ
6つのコアエレメントは抽象的に聞こえるかもしれませんが、実際の生活場面ではどのように使われるのでしょうか。具体例を見てみましょう。
コアエレメント1:良いところを探して褒める
【場面】夕食の準備中、小学1年生のお子さんが自分から宿題のプリントを出してきた。
【実践】「自分からプリントを出してきたんだね!すごいね!」と具体的な行動を即座に褒めます。「えらいね」ではなく「何が良かったか」を言葉にするのがポイントです。詳しくは効果的な褒め方の3原則をご覧ください。
コアエレメント2:行動の3分類
【場面】お子さんの行動を1日分記録し、3つに分類してみます。
【好ましい行動】自分で靴を揃えた、「いただきます」が言えた
【好ましくない行動】食事中に立ち歩いた、テレビの前から離れなかった
【許しがたい(危険な)行動】弟を叩いた
分類すると「好ましい行動は褒める」「好ましくない行動は無視する」「許しがたい行動は制止する」と、対応の方針が明確になります。詳しくは行動の3分類をご覧ください。
コアエレメント3:ABC分析
【場面】スーパーで子どもがかんしゃくを起こした。
【A(きっかけ)】お菓子コーナーの前を通った
【B(行動)】「買って!」と泣き叫んだ
【C(結果)】親が折れてお菓子を買った
→ この場合、「泣き叫ぶとお菓子が買ってもらえる」と子どもが学習しています。A(きっかけ)を変える=お菓子コーナーを避けてルートを変える、あるいはC(結果)を変える=泣いても買わない、という対応が考えられます。癇癪とペアトレの記事も参考にしてください。
コアエレメント4:環境調整
【場面】宿題中に気が散って集中できない。
【実践】机の上からおもちゃや漫画を片付ける、テレビを消す、「宿題→おやつ」の流れを視覚的にカードで示す。問題行動が起きてから対処するのではなく、起きる前に環境を整えるのがポイントです。詳しくは環境調整のコツをご覧ください。
コアエレメント5:達成しやすい指示
【場面】出かける前の身支度を急いでほしい。
【NG】「早くしなさい!」「ちゃんとして!」(曖昧で否定的)
【OK】子どもの近くに行き、目を見て、穏やかに「靴下を履こう」と一つだけ伝える。CCQ(穏やかに・近づいて・静かに)の原則を使うと、指示が子どもに伝わりやすくなります。
コアエレメント6:不適切な行動への対応
【場面】食事中にわざとスプーンでテーブルを叩いている。
【実践】危険でなければ「計画的に無視」します。反応しないことで、「叩いても注目が得られない」と学習します。叩くのをやめてスプーンで食べ始めたら、すかさず「スプーンで上手に食べているね!」と褒めます。無視と褒めのコントラストが重要です。
ガイドブックの活用方法 — 保護者の視点から
厚労省のガイドブックは本来、支援者(心理士や保健師)向けに書かれていますが、保護者が読んでも得られるものは多くあります。
- ペアトレの「正しい形」を知る:講座を選ぶ際に、「このプログラムは国の基準に沿っているか」を判断する材料になります
- 自分が学んでいることの位置づけを理解する:受講中に「今、6つのコアエレメントのどこを学んでいるのか」が分かると、学びが構造化されて理解が深まります
- 家族への説明に使える:「国が推奨しているプログラムなんだよ」と説明することで、配偶者や祖父母の理解・協力を得やすくなります
ガイドブックのPDFは無料でダウンロードできますので、興味のある方はぜひ目を通してみてください。
ガイドブックが生まれた背景と意義
なぜ厚労省はペアトレの「ガイドブック」を作成したのでしょうか。その背景には、ペアトレの全国普及に伴う「質のばらつき」という課題がありました。
2000年代以降、ペアトレは急速に全国に広がりましたが、その過程で「ペアトレと名乗っているが内容が大きく異なるプログラム」も出てきました。精研式、まめの木式、奈良方式、鳥取大学式など多くの方式がある中で、「最低限、これだけは含まれていなければペアトレとは呼べない」という基準が必要になったのです。
ガイドブックの作成にあたっては、日本発達障害ネットワーク(JDDnet)のもと、各方式の開発者が一堂に会し、方式を超えた共通要素を議論しました。その結果が「基本プラットフォーム」と「6つのコアエレメント」です。これは各方式の独自性を否定するものではなく、「どの方式でも共通して含めるべき最低限の要素」を定めたものです。
ペアトレの歴史的な経緯について詳しく知りたい方は、日本におけるペアトレの歴史と発展の記事をご覧ください。
コアエレメントと各方式の対応関係
6つのコアエレメントは、どの方式にも共通していますが、各方式によって重点の置き方や扱うセッション数が異なります。
- 精研式:6つのコアエレメントすべてを網羅。全10回で丁寧に段階的に学ぶ構成。特に「行動の3分類」と「褒め方」に多くの時間を割く
- まめの木式:全6回に凝縮しているため、各コアエレメントを効率的にカバー。ホームワークの実践を特に重視する
- 奈良方式:「良いところ探し」を初回に配置し、コアエレメント1から自然に入れる設計。学校連携(ティーチャー・トレーニング)への発展が独自の強み
- 鳥取大学式:ABA(応用行動分析)をより深く扱い、コアエレメント3のABC分析と4の環境調整に特に力を入れる。ASDの子どもへの視覚支援が充実
どの方式を選んでも6つのコアエレメントは学べますので、「お住まいの地域で受けられるもの」「スケジュールが合うもの」で選んで問題ありません。ペアトレの探し方の記事も参考にしてください。
保護者として知っておきたい制度的な権利
ペアトレが法律に位置づけられたことで、保護者には以下のような「権利」があることを知っておきましょう。
- 相談する権利:お住まいの自治体の発達障害者支援センターに、ペアトレの実施状況について問い合わせることができます
- 要望する権利:お住まいの自治体でペアトレが実施されていない場合、子育て支援課や障害福祉課に「ペアトレを実施してほしい」と要望を出すことができます。親子関係形成支援事業は法定化されているため、自治体には実施に向けた努力義務があります
- 選択する権利:複数の講座が利用可能な場合、自分に合ったものを選ぶことができます。オンラインも含めて選択肢は広がっています
「ペアトレを受けたいのに受けられない」という状況は、制度的に改善されつつあります。まずは受講の流れを確認し、行動を起こしてみてください。費用についてもこちらで詳しく解説しています。
よくある質問(Q&A)
Q1. 国の標準モデルに沿っていない講座もあるのですか?
A. 「ペアレント・トレーニング」と名乗る講座のすべてが国の基準に沿っているとは限りません。基本プラットフォームの6つのコアエレメントを含んでいるか、行動理論をベースとしているか、ロールプレイやホームワークがあるかなどが判断材料になります。自治体が主催する講座や、認定された実施者が担当する講座は基本的に安心して受講できます。
Q2. ペアトレの講座は全国どこでも受けられますか?
A. 現時点ではすべての市町村で実施されているわけではありませんが、令和6年度からの「親子関係形成支援事業」の施行により、実施自治体は増加傾向にあります。お住まいの地域で見つからない場合は、都道府県の発達障害者支援センターに相談するか、オンラインで受講できる講座を探してみてください。全国のイベント一覧も参考にしてください。
Q3. ペアトレの質はどうやって保証されていますか?
A. 国としては「基本プラットフォーム」と「6つのコアエレメント」で最低限の質を担保する仕組みを整えています。また、NCNPによる実施者養成研修や、各方式のファシリテーター養成研修を通じて、支援者のスキルアップも図られています。受講者として講座の質が気になる場合は、実施者の資格や研修歴を確認するとよいでしょう。
まとめ
ペアレント・トレーニングは、厚労省の公式ガイドブック、児童福祉法への法定化、NCNPによるエビデンス研究を通じて、国が推進する科学的根拠のある家族支援プログラムとして確立されています。
お住まいの地域でのペアトレ実施状況は、自治体の子育て支援窓口や発達障害者支援センターにお問い合わせください。


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