
ペアレント・トレーニング(ペアトレ)は、60年以上の歴史を持つ科学的なプログラムです。アメリカで生まれ、日本に渡り、独自の進化を遂げてきました。この記事では、その歴史を時系列で辿ります。
1960年代:アメリカでの誕生
ペアレント・トレーニングの起源は、1960年代のアメリカに遡ります。行動療法の発展とともに、「親は子どもの最良の治療者になれる」という考え方が広まりました。
知的障害や自閉症のある子どもの療育において、専門家だけでなく保護者にも行動療法の技術を教え、家庭でも一貫した対応ができるようにする — これがペアトレの原点です。
1970〜80年代:UCLAプログラムの確立
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、ADHD(注意欠如多動症)の子どもの保護者向けプログラムが体系化されました。このプログラムは後に日本に導入され、精研式・奈良方式のベースとなります。
UCLAプログラムの特徴は、行動の3分類(好ましい行動・好ましくない行動・許しがたい行動)と段階的なスキル習得(褒め方→無視→指示→制限)という構成にありました。
1990年代前半:日本への最初の導入
日本で最も早くペアトレを導入したのは、佐賀県の国立肥前療養所(現・肥前精神医療センター)です。知的障害を伴うASD(自閉スペクトラム症)のある子どもの家族を対象に、行動療法に基づくペアレント・トレーニングを開始しました。
肥前式の特徴は、保護者を「共同治療者(コ・セラピスト)」として位置づけ、課題分析(タスクアナリシス)や日常生活スキルの教え方に重点を置いた点にあります。
1990年代後半:精研式・奈良方式の開発
1990年代後半、2つの重要なプログラムが同時期に開発されました。
精研式
国立精神・神経センター精神保健研究所(現NCNP)の上林靖子先生らが、UCLAプログラムを日本の文化に合わせて改編しました。ADHD児の保護者を主な対象とし、全10回の体系的なプログラムとして確立。日本で最も普及するペアトレとなりました。
奈良方式
奈良教育大学の岩坂英巳先生が、同じくUCLAプログラムをベースに独自の工夫を加えて開発。「子どもの良いところ探し」から始まる構成や、学校との連携(ティーチャー・トレーニング)への発展が特徴です。
鳥取大学式
同時期に、鳥取大学の井上雅彦先生が応用行動分析(ABA)をベースとしたプログラムを開発。知的障害のある子どもへの視覚支援や構造化に特化した内容が特徴です。
2000年代:まめの木式と全国への普及
埼玉県のまめの木クリニック・発達臨床研究所が、精研式を簡略化した全6回のプログラムを開発しました。自治体での実施に適した設計で、ファシリテーター養成研修の全国展開を通じて急速に普及しました。
この頃から、ペアトレの対象はADHDだけでなく、発達障害全般、さらには子育て困難を抱える保護者全般へと広がっていきました。
2013年:ペアレント・プログラムの開発
厚労省の障害者総合福祉推進事業として、辻井正次先生(中京大学)を中心にペアレント・プログラムが開発されました。ペアトレの「入門版」として、保育士や保健師でも実施できる簡易なプログラムです。
2019〜2020年:国による標準化
厚労省がJDDnet(日本発達障害ネットワーク)に委託し、2つの重要な資料が作成されました。
- 令和元年度(2019年):ペアレント・トレーニング実践ガイドブック
- 令和2年度(2020年):支援者用マニュアル
これにより、各方式に共通する「基本プラットフォーム」と6つのコアエレメントが整理され、全国統一的な基準が確立されました。
2022年:児童福祉法改正と法制化
令和4年(2022年)の児童福祉法改正により、「親子関係形成支援事業」が新設されました。ペアレント・トレーニングがこの事業の中核に位置づけられ、法的根拠のある支援事業として格上げされました。
2023年〜現在:こども家庭庁とさらなる展開
令和5年(2023年)4月にこども家庭庁が発足し、ペアトレを含む子ども関連施策の所管が移管されました。令和6年度からは親子関係形成支援事業が全国の市町村で施行開始されています。
また、NCNPは医療機関の専門職を対象としたペアレント・トレーニング実施者養成研修を定期的に開催し、オンラインでの研修動画配信も進んでいます。
日本独自の発展:海外プログラムをどうローカライズしたか
日本のペアトレは、単にアメリカのプログラムを翻訳しただけではありません。日本の家庭文化や子育て環境に合わせた独自の工夫がなされています。
「褒める文化」のギャップへの対応
アメリカのペアトレでは「褒める(Praise)」が中心的なスキルとして位置づけられていますが、日本では「褒める」ことに慣れていない保護者が多い傾向があります。「褒めるとつけ上がる」「当たり前のことを褒める必要はない」という価値観を持つ保護者も少なくありません。日本版プログラムでは、こうした抵抗感に配慮しながら、段階的に褒め方のスキルを導入する工夫がなされています。
集団主義的な教育観との調和
日本の学校教育は「みんなと同じことができる」ことを重視する傾向があります。ペアトレでは「その子に合った目標を設定する」個別化のアプローチを取りますが、学校の求める基準との間でジレンマが生じることがあります。奈良方式のように「ティーチャー・トレーニング」を併設し、学校側にも行動的な視点を共有する取り組みは、この課題への日本独自の回答と言えるでしょう。学校・教育現場でのペアトレも参考にしてください。
祖父母世代・家族全体への拡張
三世代同居や祖父母の育児参加が多い日本では、保護者だけでなく祖父母世代への働きかけも重要です。近年は「祖父母向け研修」や「家族全体で学ぶペアトレ」の形態も広がりつつあります。家族間で対応が一貫しないと効果が薄まるため、祖父母世代を含めた家族全体の理解促進が日本の課題として認識されています。
ペアトレの歴史から見える今後の展望
60年以上の歴史を振り返ると、ペアトレは時代のニーズに合わせて常に進化してきたことが分かります。今後の展望として、以下のような動きが注目されています。
- デジタル化・オンライン化:コロナ禍をきっかけにオンラインでの実施が広がりました。地理的な制約なく受講できるオンライン講座は、今後さらに普及していくでしょう
- 対象の拡大:発達障害だけでなく、育児ストレスを抱える保護者全般、不登校の子どもの保護者、かんしゃくに悩む保護者など、対象がますます広がっています
- 多文化対応:外国にルーツを持つ家庭が増える中、多言語対応のプログラムの必要性が高まっています
- AIやアプリの活用:ホームワークの記録や行動観察をサポートするアプリの開発が始まっています
- エビデンスのさらなる蓄積:日本独自のプログラムの効果研究が蓄積され、国際的にも発信されるようになっています
よくある質問(Q&A)
Q1. 日本のペアトレ方式はどれを選べばいいですか?
A. 基本的には「お住まいの地域で受けられるもの」を選ぶのが現実的です。精研式・奈良方式・まめの木式・鳥取大学式など、どの方式も科学的な基盤は共通しており、効果に大きな差はありません。厚労省のガイドブックで定められた「6つのコアエレメント」を満たしていれば、どの方式でも安心して受講できます。厚労省ガイドブック解説も参考にしてください。
Q2. 昔のペアトレと今のペアトレは違うのですか?
A. 基本原理(行動の原理に基づく関わり方)は変わっていませんが、対象や実施方法は大きく変化しました。初期のペアトレは知的障害やADHDの子どもの保護者が主な対象でしたが、現在はグレーゾーンの子どもの保護者や、定型発達の子どもの育てにくさに悩む保護者も広く対象としています。また、オンライン実施やアプリの活用など、テクノロジーの進歩も取り入れられています。
Q3. ペアトレは今後もっと身近になりますか?
A. はい。2022年の児童福祉法改正で「親子関係形成支援事業」が法定化されたことは、大きな転換点です。国の施策として位置づけられたことで、全国の市町村で実施される体制が整備されつつあります。「ペアトレはどこで受けられる?」という時代から、「どの地域でも受けられる」時代への移行が進んでいます。お近くのイベント一覧もチェックしてみてください。
Q4. ペアトレの歴史を学ぶ意味はありますか?
A. 歴史を知ることで「なぜこのプログラムが今の形になったのか」を理解でき、受講のモチベーションが高まります。また、ペアトレが「誰かの思いつき」ではなく「60年以上の科学的研究に裏打ちされた方法」であることを知ると、安心して取り組めるようになるでしょう。体験談を読むと、歴史と実践がつながって見えてきます。
各方式の詳しい特徴と比較
日本で実践されている主要なペアトレ方式について、もう少し詳しく見てみましょう。それぞれに独自の強みがあり、お子さんの特性や家庭の状況によって適した方式が異なります。
肥前式:最も歴史のある日本版ペアトレ
肥前式は、知的障害を伴う自閉スペクトラム症のお子さんを主な対象として開発されました。最大の特徴は「課題分析(タスクアナリシス)」の手法です。「歯磨きをする」という一つの行動を「歯ブラシを持つ→歯磨き粉をつける→上の歯を磨く→下の歯を磨く→口をゆすぐ→歯ブラシを片付ける」のように細かいステップに分解し、一つずつ教えていきます。日常生活スキルの獲得に非常に有効で、療育機関で現在も活用されています。
精研式:日本で最も広く普及したプログラム
精研式は、ADHDの子どもの保護者を主な対象とした全10回のプログラムです。行動の3分類から始まり、褒め方、CCQ(穏やかに・近づいて・静かに)による指示の出し方、計画的無視、環境調整、トークンエコノミーと段階的にスキルを学んでいく構成が特徴です。多くの自治体や医療機関で採用されており、研修体制も充実しています。
奈良方式:学校との連携を重視
奈良方式は「子どもの良いところ探し」からスタートする点が特徴的です。保護者が子どもの良い面に目を向けることから始めるため、受講のハードルが低く、「褒めることが苦手」という保護者にも取り組みやすい設計です。また、「ティーチャー・トレーニング」として教師向けのプログラムも開発されており、学校と家庭の連携を重視したアプローチが取られています。
鳥取大学式:ASD特性に特化
井上雅彦先生が開発した鳥取大学式は、応用行動分析(ABA)を基盤とし、知的障害やASDのある子どもへの視覚的支援や環境の構造化に特化しています。スケジュール表の作り方、手順書の活用、感覚過敏への対応など、ASD特性に配慮した具体的なスキルを学べるのが強みです。
まめの木式:自治体向けに最適化
まめの木式は、精研式を全6回に凝縮し、自治体での実施に適した形に再構成されたプログラムです。ファシリテーター養成研修が全国で行われており、比較的短期間で実施者を育成できるため、多くの自治体で採用されています。ADHDに限定せず、発達障害全般を対象としている点も普及の要因です。
ペアトレの歴史を動かした人々
日本のペアトレの発展は、多くの研究者・臨床家の尽力によるものです。上林靖子先生(精研式)、岩坂英巳先生(奈良方式)、井上雅彦先生(鳥取大学式)、辻井正次先生(ペアレント・プログラム)など、各方式の開発者たちは互いに交流しながら、日本の家庭に合ったプログラムを模索し続けてきました。
こうした先人たちの努力があったからこそ、2022年の法制化という大きな成果につながりました。ペアトレに取り組む保護者一人ひとりが、この歴史の延長線上にいることを忘れないでいただきたいと思います。受講を検討している方は、歴史と科学に裏打ちされたこのプログラムに、安心して飛び込んでください。
年表まとめ
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1960年代 | アメリカで行動療法に基づくペアトレが誕生 |
| 1970〜80年代 | UCLAでADHD児の保護者向けプログラムが体系化 |
| 1990年代前半 | 日本初の導入 — 肥前式ペアトレ(佐賀県) |
| 1990年代後半 | 精研式・奈良方式・鳥取大学式の開発 |
| 2000年代 | まめの木式の開発と全国普及の加速 |
| 2013年 | ペアレント・プログラムの開発(厚労省事業) |
| 2019年 | 厚労省「ペアレント・トレーニング実践ガイドブック」作成 |
| 2020年 | 「支援者用マニュアル」作成 |
| 2022年 | 児童福祉法改正 — 「親子関係形成支援事業」法定化 |
| 2023年 | こども家庭庁発足 |
| 2024年〜 | 親子関係形成支援事業の全国施行 |
60年以上の歴史を経て、ペアトレは「科学的根拠に基づく国の施策」として確立しました。今後さらに身近な地域で受けられるようになることが期待されています。
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