鳥取大学式ペアレントトレーニングは、鳥取大学大学院医学系研究科 臨床心理学講座の井上雅彦氏らが開発・実施しているペアトレです。厚生労働省の『ペアレント・トレーニング実践ガイドブック』は「鳥取大学式ペアレント・トレーニング」、実施元の井上研究室自身は「鳥取大学方式のペアレントトレーニング」と呼んでいます[1][2]。精研式とは別系統で、応用行動分析(ABA)を土台にしています。
このページは一次資料(厚労省ガイドブック本体、実施元・井上研究室の公式サイトと講座案内、鳥取大学の研究者情報、研究会の公式プロフィール、参考図書の版元)に当たって書いています。裏が取れなかった項目は埋めずに末尾に残しました。
🔴 まず回数について — 当サイトの「全5〜6回」は誤りでした
当サイトはこれまで鳥取大学式を「全5〜6回の短期集中」と書いていました。これは誤りです。一次資料はどちらもそう言っていません。
| 資料 | 書いてあること(逐語) | 読み方 |
|---|---|---|
| 実施元公式 井上研究室の講座案内[2] | 「(全10回 ※相談会含む)」/「フォローアップ(相談会)を除いた、8回のうち6回以上はご参加いただける方を対象とさせていただきます」 | 本体8回+相談会2回=全10回 |
| 厚労省ガイドブック 表3 (p.23)[1] | 「講義とグループ・ワークからなり、ホームワークを各家庭で実施する。回数は6〜8回程度」 | フォローアップを除いた本体の回数と読むと、実施元の8回と重なる |
つまり2つの一次資料は矛盾していません。本体は6〜8回、実施元の実例では8回、そこに相談会2回を足して通し10回です。当サイトの「5〜6回」だけがどちらとも合っていませんでした。
「5」がどこから来たのかは推測になりますが、心当たりが2つあります。1つは、この方式の主な参考図書が『子育てが楽しくなる5つの魔法』(井上雅彦 監修・執筆、アスペ・エルデの会)で、「5つ」はテーマの数であって回数ではないこと[5]。もう1つは、厚労省ガイドブックの堺市の実施例に「県発達障害者支援センターが実施している鳥取式を参考に作成された全5回のプログラム」という記述があり、これは堺市が作った派生版であって鳥取大学式そのものではないこと[1]です。どちらも「実在する断片」で、それを回数に読み替えると誤りになります。
① 特徴
厚労省ガイドブックは指導者養成研修が用意されている国内のペアトレを3つ挙げていて、鳥取大学式はその3つめです(残る2つは「精研・まめの木・奈良式」と「肥前式」)。表3 の記述はこうです[1]。
- 成り立ち:「応用行動分析に基づいて知的障害をともなうASDのある子どものコミュニケーションスキルや適応的な行動の獲得を親が学習するプログラムの開発から始まり、現在は発達障害全般を対象とするプログラムに発展した」
- グループ活動:「講義とグループ・ワークからなり、ホームワークを各家庭で実施する。回数は6〜8回程度。グループ・ワークでは家庭でよくある例をワークシートに記入したり話し合いを行う。補助治療者としてのペアレント・メンターの参加も推奨している」
- ねらい:「ASDあるいは知的障害が中心のため、不適切な行動への対応は環境調整と代わりとなる望ましい行動の獲得におく。ホームワークでは個々の家庭での療育的な課題やかかわりを重視している」
他の2系統と読み比べると、輪郭がはっきりします。精研式の系統が「保護者の否定的な関心を肯定的な関心に変える」ことを軸に置くのに対し、鳥取大学式はABAの枠組みそのものを保護者が使えるようになることに軸があります。「困った行動をやめさせる」より「代わりにしてほしい行動を教える」、そのために環境を整える、という順序です。
もう1つ、表3 で鳥取大学式だけに書かれているのがペアレント・メンター(発達障害のある子どもを育てた経験のある親が、その経験を生かして他の親を支援する仕組み)の参加を推奨している点です。実際、後述する講座では講師の1人がペアレント・メンターです[2]。
② 生まれた理由・経緯
出発点は「知的障害をともなうASDのある子どものコミュニケーションスキルや適応的な行動の獲得を親が学習するプログラム」でした[1]。言葉での指示が通りにくく、抽象的な言い方が伝わりにくい子どもに対して、保護者自身が応用行動分析の考え方を身につけて家庭で使えるようにする、という発想です。ここから発達障害全般へ広がりました。
中心にいるのが井上雅彦氏です。1992年に兵庫教育大学 学校教育学部附属障害児教育実践センター 助手として出発し、1999年に同 附属発達心理臨床研究センター 助教授、2005年に兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 臨床健康教育系 准教授を経て、2008年に鳥取大学大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授に就いています[4]。特別支援教育の現場から出発して医学系研究科へ移った経歴が、この方式が教育・療育寄りの語彙で組まれている背景にあります。
井上研究室自身は現在、「ペアレントトレーニングは行動上の問題の早期予防に欠かせないものとして研究と社会実装に向けて取り組んでいます」「鳥取大学方式のペアレントトレーニングの研究として大学院生のトレーニング、WEBによるオンラインでのペアレントトレーニングを開発し実施しています。最近ではベトナム自閉症ネットワークとのコラボレーションによる国を超えたプログラム開発も行っています」と説明しています[2]。
③ 歴史
| 年 | できごと | 出典 |
|---|---|---|
| 1990 | 井上雅彦氏、教育学修士 | [3] |
| 1992 | 修士(心身障害学・筑波大学)/兵庫教育大学 学校教育学部附属障害児教育実践センター 助手 | [3][4] |
| 1999 | 兵庫教育大学 学校教育学部附属発達心理臨床研究センター 助教授 | [4] |
| 2005 | 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 臨床健康教育系 准教授 | [4] |
| 2008 | 鳥取大学大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授 | [3][4] |
| 2012 | 『子育てが楽しくなる5つの魔法』(井上雅彦 監修・執筆/企画責任者 辻井正次、アスペ・エルデの会)— 厚労省ガイドブックがこの方式の「主な参考図書」に挙げる本 | [1][5] |
| 2016 | 発達障害者支援法の改正を受けて日本ペアレント・トレーニング研究会が発足(初代会長は岩坂英巳氏) | [4] |
| 2020 | 厚労省『ペアレント・トレーニング実践ガイドブック』に「鳥取大学式ペアレント・トレーニング」として掲載。同事業の事務局は鳥取大学 医学系研究科 井上雅彦研究室 | [1] |
| 2021 | 「発達が気になるお子さんのためのインターネット版ペアレント・トレーニング(うみやま子育て応援プロジェクト)」を令和3年9月〜令和4年2月に実施(全10回・参加費無料) | [2] |
| 2022 | 井上氏、博士(医学・鳥取大学) | [3] |
井上氏は現在、日本ペアレント・トレーニング研究会の会長を務めています[4]。同研究会が普及を進める「ペアトレ基本プラットホーム」は特定の方式に属さない共通の土台で、厚労省の支援者用マニュアルではその標準モデルが全6回で示されています[6]。これは鳥取大学式の回数ではありませんので、混同しないでください。
④ 実施主体・主催
鳥取大学大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 井上研究室が開発と実施の主体です[2]。
- 所在地:〒683-8503 鳥取県米子市西町86
- 連絡先(講座案内に記載のもの):inoue_aba_lab@yahoo.co.jp
- 2021年度の講座は鳥取大学医学部「出る杭プロジェクト」の資金提供を受けて実施
あわせて、厚労省の令和元年度障害者総合福祉推進事業『ペアレント・トレーニング実践ガイドブック』の事業事務局が同研究室です(事業委員長は市川宏伸氏/日本発達障害ネットワーク)[1]。国のガイドブックづくりの実務を担った研究室である、というのが位置づけを測る手がかりになります。
⑤ 発案者/開発者
井上雅彦(いのうえ まさひこ)氏。鳥取大学の研究者情報では次のとおりです[3]。
- 所属:医学系研究科 臨床心理学専攻 臨床心理学講座/職名:教授
- 研究分野・キーワード:臨床心理学、応用行動分析学
- 取得学位:博士(医学・鳥取大学・2022年3月)/修士(心身障害学・筑波大学・1992年3月)/教育学修士(1990年3月)
- 相談分野:自閉症・発達障害・不登校に対する教育的・臨床心理学的アプローチ、行動療法
日本ペアレント・トレーニング研究会では現在の会長です(副会長は中田洋二郎氏=立正大学心理学部 名誉教授、奥野裕子氏=大阪公立大学大学院看護学研究科 准教授)[4]。主な著書に『子育てが楽しくなる5つの魔法』(アスペ・エルデの会)、『家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46』(学研, 2008)があります[1][5]。
⑥ 回数と各回テーマ
実施元・井上研究室が公開している講座案内(2021年度「インターネット版ペアレント・トレーニング」)の「講座内容のご案内」から、そのまま写します[2]。
| 回 | 講義 | 演習 |
|---|---|---|
| 1 | オリエンテーション/ほめ上手になろう!① | 自己紹介・リラクゼーション |
| 2 | ほめ上手になろう!②③ 〜自信がつく、伸びるほめ方のコツ〜 | グループワーク(スタッフと一緒に家庭で取り組む課題の計画を立てたり、家庭での取り組みを報告・相談しあったりする) |
| 3 | 観察上手になろう! 〜どうしてこんなことをするのかな?を読み解く〜 | |
| 4 | 整え上手になろう! 〜子どもにとってわかりやすい教え方のコツ①〜 | |
| 5 | 伝え上手になろう! 〜子どもにとってわかりやすい教え方のコツ②〜 | |
| 6 | 教え上手になろう!① 〜達成感のある教え方のコツ〜 | |
| 7 | 教え上手になろう!② 〜達成感のある教え方のコツ〜 | |
| 8 | まとめ | |
| 9 | フォローアップ(相談会)① | グループワーク・近況報告 |
| 10 | フォローアップ(相談会)② |
見てのとおり、講義の柱はほめ上手・観察上手・整え上手・伝え上手・教え上手の5つで、これは参考図書『子育てが楽しくなる5つの魔法』の5項目とそのまま同じです[5]。5つのテーマを8回に配分している(ほめ上手に2回、教え上手に2回、最後にまとめ1回)という構造で、「5つ」は回数ではありません。
この講座は隔週の水曜、各回2時間(13:00〜15:00)でした。講座案内には「本講座は連続講座となっており、各講義の積み重ねによって進めていきます。フォローアップ(相談会)を除いた、8回のうち6回以上はご参加いただける方を対象とさせていただきます」という条件が書かれています[2]。
⑦ どこで受けられるか
鳥取大学 井上研究室(オンライン)
井上研究室は公式サイトで「WEBによるオンラインでのペアレントトレーニングを開発し実施しています」と書いており、オンラインで受けられる形が主です[2]。ここに載せるのは、公開されている2021年度の募集要項の内容です(現在の募集状況は別途ご確認ください)。
- 名称:発達が気になるお子さんのためのインターネット版ペアレント・トレーニング —「うみやま子育て応援プロジェクト」(鳥取大学医学部 出る杭プロジェクト)
- 期間:令和3年9月〜令和4年2月の水曜日 13:00〜15:00(全10回 ※相談会含む)
- 対象:発達に遅れや偏りのある3歳〜5歳のお子さんを持つ保護者/Zoomアプリをインストールできる方/YouTubeやビデオ通話が比較的スムーズにできる方
- 参加費:無料/追加募集6名(定員になり次第締切)
- 講師:松本由香(ペアレント・メンター)、臨床心理学専攻 大学院生・内地留学生
- スーパーバイザー:教授 井上雅彦(鳥取大学大学院 臨床心理学講座)
- 内容:ABA(応用行動分析)を用いたプログラム。「講義だけではなく、実際にご家庭で実践しながら学べる講座」
オンラインなので、鳥取県外からでも参加できる形だという点が、他方式との実務上の大きな違いです。ペアトレは開催地に縛られがちですが、この方式は最初からその制約を外しにいっています。
鳥取県外の自治体
厚労省ガイドブックが挙げる3つの方式は、いずれも「ペアレント・トレーニングの普及のための指導者の養成研修が実施されているプログラム」です[1]。鳥取大学式も例外ではなく、たとえば堺市は就学前のプログラムを「県発達障害者支援センターが実施している鳥取式を参考に作成された全5回」で回しています[1]。ただし各自治体は方式名を名乗らず地域の通称で開くことが多いので、チラシを見ただけでは方式はわかりません。お住まいの地域の発達障害者支援センターに問い合わせるのが確実です。
この記事で確認できなかったこと
- 厚労省が「6〜8回程度」と幅を持たせている理由:実施機関ごとの幅なのか、フォローアップの数え方の違いなのかは、ガイドブックに明示がありません。実施元の実例が8回であることまでは確認できましたが、6回で回す実施例そのものは確認していません
- 「全5〜6回」「2コース制(幼児〜低学年/高学年〜中高生)」「第5回に保護者のストレスマネジメント」:当サイトが以前そう書いていたのは誤りでした。いずれも一次資料に根拠が見つかりません。実施元の講座案内では第5回は「伝え上手になろう!」で、コース分けの記載もありません。撤回します
- 2021年度以降の開催状況:井上研究室の公式サイトはオンライン版の実施を現在形で書いていますが、直近の募集要項は公開されているものを確認できませんでした。本文の日程・費用・定員は2021年度の募集要項の内容です
- 鳥取県内の対面での受講先:鳥取県発達障害者支援センターなど県内機関での実施は、公式サイト上で確認できませんでした
- 「鳥取大学式」と「鳥取大学方式」の使い分け:厚労省が前者、実施元が後者を使っています。どちらが正式かを定めた資料はありません
⑧ 出典(一次資料)
いずれも2026年9月4日に本文を開いて確認しています。
[1] 厚生労働省『ペアレント・トレーニング実践ガイドブック』令和元年度障害者総合福祉推進事業(作成:一般社団法人 日本発達障害ネットワーク JDDnet 事業委員会/協力:日本ペアレント・トレーニング研究会), 2020年3月31日発行 — 表3「3つのペアレント・トレーニングのプログラムの特徴」(p.23)、自治体実施例 堺市 (p.28)、事業委員・事業事務局 (p.44) https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000653549.pdf
[2] 井上研究室(鳥取大学大学院医学系研究科 臨床心理学講座)公式サイト — トップページおよび「Parent training」ページ掲載の講座案内(表面:募集要項/裏面:講座内容のご案内・全10回の一覧) https://www.masahiko-inoue.com//https://www.masahiko-inoue.com/parent-training
[3] 鳥取大学「研究者詳細 — 井上 雅彦」(大学公式) https://researchers.adm.tottori-u.ac.jp/html/100000293_ja.html
[4] 日本ペアレント・トレーニング研究会「理事・役員紹介」 https://parent-training.jp/profile.html
[5] 特定非営利活動法人アスペ・エルデの会 ecショップ『子育てが楽しくなる5つの魔法(改訂版)』(監修・執筆:井上雅彦/企画責任者:辻井正次/A4版22ページ) https://as-japan.ocnk.net/product/8
[6] 厚生労働省『ペアレント・トレーニング 支援者用マニュアル』令和2年度障害者総合福祉推進事業, 2021年 — 基本プラットホームの標準モデル(全6回) https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000799077.pdf
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