この記事はペアトレ完全ガイドの方式別詳細記事です。コアエレメント(共通の6要素)を理解したうえで読むと、各方式の特徴がより明確になります。
鳥取大学式ペアレントトレーニングは、鳥取大学大学院の井上雅彦氏が開発した方式です。最大の特徴は、ASD(自閉スペクトラム症)の子どもに特化していること。さらに、幼児〜低学年向けと高学年〜中高生向けの2コース制を採用し、子どもの発達段階に応じたプログラムを提供します[1]。
全5〜6回と他方式より短く、保護者自身のストレスケアやアンガーマネジメントもプログラムに組み込まれている点が、忙しい保護者にとって大きな魅力です。
鳥取大学式の概要

鳥取大学式は、ASD児の行動特性を踏まえたペアレントトレーニングとして開発されました。ASDの子どもは、社会的コミュニケーションの困難さ、こだわりや感覚過敏、変化への抵抗など、ADHDや知的障害とは異なる特有の課題を持っています。鳥取大学式は、こうしたASD特有の課題に対応する内容が盛り込まれています[1]。
- 開発:井上雅彦(鳥取大学大学院 医学系研究科 臨床心理学講座)
- 対象:ASD(自閉スペクトラム症)児の保護者
- 回数:全5〜6回(各回90〜120分)
- 形式:グループ(5〜8名程度)
- 理論的背景:応用行動分析(ABA)、認知行動療法(CBT)
- 最大の特徴:ASD特化、2コース制(幼児〜低学年/高学年〜中高生)、保護者のストレスケアを含む
鳥取大学式の4つの特徴
特徴1:ASD(自閉スペクトラム症)に特化
精研式がADHD児を主な対象とし、肥前式が知的障害児を主な対象としているのに対し、鳥取大学式はASD児の保護者を主な対象として設計されています。ASDの子どもには、以下のような特有の課題があります。
- 社会的コミュニケーションの困難:相手の気持ちを読み取りにくい、暗黙のルールがわからない
- こだわり・反復行動:特定の物事への強い執着、ルーティンの変更への強い抵抗
- 感覚過敏・鈍麻:特定の音、光、触感に過度に反応する、あるいは反応が薄い
- 見通しが立たない不安:予定の変更、初めての場所、予期しない出来事への強い不安
- 興味の偏り:特定の分野への深い知識と、それ以外への無関心
鳥取大学式では、これらの特性を「問題」ではなく「子どもの脳の情報処理の仕方」として理解したうえで、子どもの特性に合わせた関わり方を学びます。例えば、こだわりを無理にやめさせるのではなく、こだわりを活用してモチベーションを高める方法や、感覚過敏に配慮した環境調整の方法などが含まれます[1]。
特徴2:2コース制——年齢・発達段階別のプログラム
鳥取大学式の大きな特徴は、子どもの年齢と発達段階に応じて2つのコースが用意されていることです。
Aコース(幼児〜小学校低学年)
- 行動の3分類、ほめ方、指示の出し方など、他方式と共通する基本スキルが中心
- 生活習慣の獲得(着替え、食事、トイレなど)に焦点を当てたスモールステップの設定
- 視覚的な支援(絵カード、スケジュール表)の活用方法
- こだわりや癇癪への初期対応
Bコース(小学校高学年〜中高生)
- 思春期特有の課題(自己理解、友人関係、学校適応)への対応
- 子どもの自立に向けた支援(自分で計画を立てる、自分で判断する)
- 子どもとの対話の仕方(一方的な指示ではなく、対等なコミュニケーション)
- ゲームやスマホなど、思春期特有のこだわりへの対応
- 将来の進路・就労を見据えた長期的な視点
多くのペアレントトレーニングが幼児〜学齢期を対象としているのに対し、鳥取大学式は思春期の子どもにも対応しています。ASDの子どもの思春期は、自己理解の深まりとともに「自分は他の子と違う」という悩みが顕在化しやすく、保護者にとっても新たな課題が生まれる時期です。Bコースでは、こうした思春期特有の困りごとに対応する内容が組み込まれています[1]。
特徴3:全5〜6回の短期集中型
精研式・肥前式・奈良式がいずれも全10回であるのに対し、鳥取大学式は全5〜6回と短い構成です。これには明確な理由があります。
- 保護者の負担軽減:ASD児の保護者は日常的に高いストレスにさらされており、10回の通所が困難な場合が多い
- アクセスの改善:回数が少ない分、実施機関の負担も減り、より多くの保護者に提供できる
- 核心に集中:コアエレメントの中でも特に重要な要素に絞って集中的に取り組む
- 自主的な学びへの橋渡し:短期プログラムで基本スキルを身につけた後、書籍やフォローアップで自主的に学び続ける力を育てる
回数が少ない分、各セッションの密度は高く、ホームワークの比重も大きくなります。短期間で集中的に学びたい方、長期間の通所が難しい方にとっては大きなメリットです[2]。
特徴4:保護者自身のストレスケアを含む
鳥取大学式のもう一つの画期的な特徴は、保護者自身のストレスマネジメントやアンガーマネジメントがプログラムに組み込まれていることです。
ASD児の子育ては、保護者のバーンアウト(燃え尽き)リスクが高いことが知られています。コミュニケーションの困難さ、予測不能な行動、周囲の無理解などにより、保護者は慢性的なストレスを抱えがちです。
鳥取大学式では、子どもの行動を変えるスキルだけでなく、保護者自身が自分のストレスやイライラに気づき、コントロールする方法も学びます。
- ストレスの自己モニタリング:自分のストレスサインに気づく
- 認知の見直し:「この子はわざとやっている」→「この子なりの理由がある」という認知の転換
- アンガーマネジメント:怒りが湧いたときの対処法(6秒ルール、その場を離れる、深呼吸など)
- セルフケアの計画:自分のための時間を確保する重要性と具体的な方法
「子どもの行動を変えるにはまず親が元気でいることが必要」という考え方は、認知行動療法(CBT)の知見に基づいています。この要素は精研式・肥前式には含まれておらず、鳥取大学式の大きな差別化ポイントです[1]。
鳥取大学式のセッション構成(Aコースの例)
Aコース(幼児〜低学年)を例に、典型的なセッション構成を紹介します。コアエレメント6要素との対応関係を併記します。
第1回:ASDの理解・行動を3つに分ける
コアエレメント:行動の3分類
ASDの特性についての基本的な理解を深めたうえで、子どもの行動を3つに分類するワークに取り組みます。鳥取大学式では、ASD特有の行動(こだわり、感覚追求、パニックなど)をどの分類に入れるかについてグループで話し合う時間が設けられます。例えば「何度も同じ質問を繰り返す」は「許しがたい行動」ではなく「好ましくない行動」に分類し、背景にある不安に目を向けるといった視点を学びます。
第2回:ほめ方の工夫・行動観察
コアエレメント:子どもの良いところ探し&ほめる、行動理解(ABC分析)
ASD児の場合、言葉でほめられても嬉しくない子もいます。鳥取大学式では、その子に合ったほめ方(報酬)を見つけることを重視します。言語的な称賛、ハイタッチ、好きな活動の時間、特定のアイテムなど、子どもごとに最も効果的な強化子を探します。同時にABC分析の基本も学び、行動の機能(注目獲得、逃避、感覚刺激など)を理解する練習をします。
第3回:指示の出し方・環境調整
コアエレメント:子どもが達成しやすい指示、環境調整
ASD児に効果的な指示の出し方を学びます。視覚的な手がかり(絵カード、写真、文字)の活用、予告と見通しの提示(「あと5分で終わりだよ」「次は〇〇をするよ」)、選択肢の提示などが中心です。環境調整についても、感覚過敏への配慮(照明、音、素材)、見通しを持ちやすい環境(スケジュール表、タイマー)、安心できるスペースの確保などを扱います。
第4回:困った行動への対応
コアエレメント:不適切な行動への対応
ASD児の「困った行動」(パニック、こだわりの暴走、自傷行為など)への対応を学びます。計画的無視の基本に加え、ASD特有のアプローチとして行動の機能分析を重視します。同じ「叫ぶ」行動でも、感覚過敏による苦痛が原因なのか、要求を伝える手段がないのか、不安からくるものなのかによって対応が異なります。行動の背景を理解したうえで、代替行動を教える方法を学びます。
第5回:保護者のストレスマネジメント
鳥取大学式独自セッション
このセッションが鳥取大学式を最も特徴づける内容です。子どもの行動への対応から離れ、保護者自身の心のケアに焦点を当てます。
- ストレスチェックシートで自分のストレス状態を客観視する
- 「〜すべき」「〜であるべき」という思考パターンに気づき、柔軟な考え方を練習する
- 怒りの温度計で自分のイライラレベルを数値化し、早い段階で対処する方法を学ぶ
- リラクゼーション技法(呼吸法、筋弛緩法など)を体験する
- 「完璧な親」を目指すのではなく「good enoughな親」でよいという考え方を共有する
参加者からは「子どもの対応スキルより、この回が一番役に立った」「自分を責め続けていたことに気づいた」という声が多く聞かれます。親の燃え尽きを防ぐうえでも非常に重要なセッションです[1]。
第6回:まとめ・ふりかえり・今後の計画
全体を振り返り、各自が学んだスキルの中で最も効果があったものと、今後取り組みたい課題を共有します。フォローアップの予定や、地域の支援資源(発達障害者支援センター、親の会、放課後等デイサービスなど)についての情報共有も行います。
コアエレメントとの対応関係
厚生労働省が定めたペアレントトレーニングのコアエレメント(6要素)と、鳥取大学式の対応関係を整理します[2]。
- 行動の3分類 → 第1回で実施(ASD特有の行動の分類を含む)
- 子どもの良いところ探し&ほめる → 第2回で実施(その子に合ったほめ方・報酬を探す)
- 行動理解(ABC分析) → 第2回で実施(行動の機能分析を重視)
- 子どもが達成しやすい指示 → 第3回で実施(視覚的支援、予告、選択肢の提示)
- 不適切な行動への対応 → 第4回で実施(行動の機能に基づく対応)
- 環境調整 → 第3回で実施(感覚過敏への配慮、見通しの確保)
5〜6回という短い回数で6つのコアエレメントすべてをカバーしたうえで、保護者のストレスケア(第5回)が上乗せされている構造です。1回のセッションで複数のコアエレメントを扱う効率的な設計になっています。
他方式との比較
鳥取大学式と他の主要方式の違いを整理します。
- vs 精研式:精研式はADHD児が起源で全10回。鳥取大学式はASD特化で全5〜6回。保護者のストレスケアは鳥取大学式のみに含まれる
- vs 奈良式:奈良式は学校連携を重視。鳥取大学式はASD特性への対応と保護者ケアを重視。年齢別コースは鳥取大学式のみ
- vs 肥前式:肥前式は知的障害児が起源で1回2.5時間×10回。鳥取大学式はASD特化で1回90〜120分×5〜6回。環境調整は両方式とも重視
ASDの診断を受けた子ども、または ASDの特性が目立つ子どもの保護者であれば、鳥取大学式が最も適している可能性があります。ADHDが中心であれば精研式、知的障害を伴う場合は肥前式が候補になるでしょう。詳しい比較はペアトレ完全ガイドを参照してください。
鳥取大学式が向いている方
- ASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けた子どもの保護者
- こだわり、感覚過敏、パニックなどASD特有の行動に困っている方
- 思春期(小学校高学年〜中高生)のASD児の保護者
- 短期間(5〜6回)で集中的に学びたい方
- 自分自身のストレスやイライラに悩んでいる保護者
- 「子どもの対応だけでなく、自分自身のケアも学びたい」と感じている方
ASDと他の障害(ADHD、知的障害など)が併存している場合は、主たる困りごとに合わせて方式を選ぶとよいでしょう。ASD特性が前面に出ている場合は鳥取大学式が適しています。
鳥取大学式を受けられる場所
鳥取大学式は、鳥取県を中心に全国の発達障害者支援センターや医療機関で実施されています。井上雅彦氏が各地で支援者向け研修を行っていることもあり、鳥取県外でも実施施設が増えています。
お住まいの地域の発達障害者支援センターや、ASD専門の医療機関に問い合わせてみてください。5〜6回という短い構成のため、他方式より開催頻度が高い場合もあります。
参考文献
[1] 井上雅彦『家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46——自閉症の子どものためのABA基本プログラム』学研プラス, 2008年
[2] 厚生労働省「ペアレント・トレーニング実践ガイドブック」令和元年度障害者総合福祉推進事業, 2020年 (PDF)
[3] 厚生労働省「ペアレント・トレーニング 支援者用マニュアル」令和2年度障害者総合福祉推進事業, 2021年 (PDF)
[4] 井上雅彦 監修『発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ』講談社, 2013年

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