この記事はペアトレ完全ガイドの方式別詳細記事です。コアエレメント(共通の6要素)を理解したうえで読むと、各方式の特徴がより明確になります。
奈良式ペアレントトレーニングは、奈良教育大学の岩坂英巳氏が精研式をベースに開発した方式です。最大の特徴は、学校・園との連携を重視するセッションが組み込まれていること。家庭だけでなく教育現場との協働を視野に入れた、日本の教育文化に根ざしたプログラムです[1]。
「家では褒められるようになったけど、学校では相変わらず叱られてばかり…」——そんな保護者の声に応える形で生まれた奈良式は、家庭と学校の一貫した対応を実現するための具体的な手法を提供します。
奈良式の概要

奈良式は、精研式の10回セッション構成をベースとしつつ、学校や園の先生との連携に関するセッションを追加した方式です。ADHD(注意欠如・多動症)をはじめとする発達障害児の保護者を主な対象としています。
- 開発:岩坂英巳(奈良教育大学 特別支援教育研究センター)
- ベース:精研式ペアレントトレーニング
- 対象:ADHD・発達障害児の保護者
- 回数:全10回(各回90〜120分)
- 形式:グループ(5〜8名程度)
- 理論的背景:応用行動分析(ABA)、社会的学習理論、学校コンサルテーション
- 最大の特徴:学校・園との連携セッションを含む
なぜ「学校連携」が重要なのか
発達障害のある子どもにとって、家庭と学校は生活の大部分を占める2大環境です。しかし従来のペアレントトレーニングは家庭での関わり方に焦点を当てており、学校での対応は別の枠組み(教師向け研修やコンサルテーション)に委ねられていました。
問題は、家庭と学校の対応が一致しないと子どもが混乱するということです。例えば:
- 家庭では「できたことを褒める」が定着しても、学校では「できないこと」を指摘される
- 家庭では計画的無視を実践しても、学校では同じ行動に対して叱責される
- 家庭での成功体験が、学校生活では活かされない
岩坂氏は、こうした家庭と学校の「ずれ」を埋めるために、ペアレントトレーニングの中に学校連携の具体的な方法を組み込みました[1]。これにより、保護者が学んだスキルを教師に伝え、家庭と学校で一貫した対応を取れるようになることを目指しています。
実際に、家庭と学校で一貫した対応を取ることで、子どもの行動改善が家庭だけで取り組んだ場合よりも早く、効果が持続しやすいことが報告されています[4]。子どもは「家でも学校でも同じルール」という安心感を得られ、混乱が減るのです。
奈良式の10回セッション構成
奈良式のセッション構成は精研式と多くの部分を共有しています。ここでは、精研式との共通点は簡潔に、奈良式独自の要素は詳しく解説します。各セッションはコアエレメント6要素との対応関係を併記します。
第1回:オリエンテーション・行動を3つに分ける
コアエレメント:行動の3分類
プログラム全体の説明と自己紹介を行った後、子どもの行動を「好ましい行動」「好ましくない行動」「許しがたい行動」の3つに分類するワークに取り組みます。ここは精研式と同じ内容です。奈良式では、学校場面の行動も分類の対象に含めることが推奨されます。「授業中に手を挙げて発言できる」「休み時間に友だちと遊べる」といった学校での好ましい行動も積極的に挙げていきます。
第2回:行動を観察して記録する
コアエレメント:行動理解(ABC分析)
ABC分析(A:きっかけ → B:行動 → C:結果)で行動を客観的に記録する方法を学びます。奈良式では、ホームワークとして学校場面の行動もABC分析の対象にすることがあります。連絡帳や先生からの情報をもとに、学校でのきっかけ・行動・結果を分析する練習を行います。例えば「授業中に立ち歩く」行動を分析すると、きっかけが「課題の難しさ」なのか「集中力の限界」なのかで対応策が変わります。
第3回・第4回:子どもの好ましい行動をほめる
コアエレメント:子どもの良いところ探し&ほめる
効果的な褒め方(具体的に・すぐに・一貫して)を学び、ロールプレイで繰り返し練習します。精研式と同様、2回にわたって「ほめる」に集中的に取り組みます。奈良式ではさらに、学校での「好ましい行動」を先生から聞き取り、それを家庭でもほめるという視点が加わります。「先生から聞いたよ、今日は給食を全部食べられたんだね!」と伝えることで、子どもは「学校でのがんばりを見てもらえている」と感じます。
第5回:好ましくない行動を減らす(計画的無視)
コアエレメント:不適切な行動への対応
「好ましくない行動」に対して、注目を外す計画的無視の技法を学びます。落ち着いたらすぐにほめることがセットです。消去バーストへの心構えも精研式と共通です。奈良式では、学校で先生が同じ行動に対してどう対応しているかを確認し、家庭と学校で対応を揃えることの重要性が強調されます。
第6回:効果的な指示の出し方(CCQ)
コアエレメント:子どもが達成しやすい指示
CCQ(Calm:穏やかに、Close:近づいて、Quiet:静かに)の技法を学びます。これは精研式と同じ内容ですが、奈良式では「先生にもCCQの考え方を伝えてみましょう」という橋渡しの視点が加わります。教室で30人の子どもに指示を出す先生にとっても、特定の子どもに近づいて穏やかに伝えることの効果は大きいのです。
第7回:トークンエコノミーと応用
コアエレメント:子どもの良いところ探し&ほめる(応用)
ポイント制やごほうびシステム(トークンエコノミー)を使って好ましい行動を定着させる方法を学びます。精研式と同じ流れですが、奈良式では学校での行動もポイント対象にする「家庭と学校の共同トークンシステム」を検討する場合があります。例えば、先生に連絡帳で「今日のがんばりポイント」を記入してもらい、家庭でシールを貼るという仕組みです。
第8回:環境調整
コアエレメント:環境調整
問題行動が起きにくい環境づくりを学びます。刺激の削減、スケジュールの見える化、選択肢の提示、ルールの明確化など。精研式と共通する内容に加え、奈良式では学校環境の調整(座席配置、掲示物の工夫、スケジュールの見える化など)についても話題にし、先生に依頼する際のポイントを整理します。「先生、うちの子の席を前の方にしてもらえませんか」と言うだけでなく、「こういう理由で、こういう配置だとこういう効果があります」と根拠を添えて依頼する方法を練習します。
第9回:学校・園との連携 ★奈良式の核心
奈良式独自セッション
これが奈良式を最も特徴づけるセッションです。学校との連携について具体的に学びます。
学校連携セッションの主な内容:
- 先生への伝え方:子どもの特性を具体的に、かつポジティブに伝える方法。「うちの子はADHDで…」ではなく「こういう場面ではこういう工夫が効果的です」という伝え方
- 連絡帳の活用:日々の連絡帳を「問題報告の場」から「良い行動の共有の場」に変える工夫。先生に「今日できたこと」を書いてもらう依頼の仕方
- 面談・懇談の活かし方:個人面談で子どもの強みと支援ニーズを効果的に伝えるための準備シートの作成
- ペアトレで学んだスキルの共有:「行動の3分類」「ほめ方」「CCQ」など、先生にも使ってもらえるスキルを平易な言葉で伝える練習
- チーム支援の考え方:保護者・担任・特別支援コーディネーター・スクールカウンセラーがチームとして子どもを支える体制づくり
このセッションでは、ロールプレイとして「先生役」と「保護者役」に分かれた面談練習が行われます。実際の面談で使えるフレーズや、先生に協力を依頼する際の心構えを実践的に学べる点が、他方式にはない奈良式の大きな強みです[1]。
面談練習でよく使われるフレーズの例を挙げます:
- 「家では〇〇の工夫をしたら、△△ができるようになりました。学校でも試していただけると嬉しいです」
- 「ペアトレで、指示を出す前に近くに行って目を合わせると伝わりやすいと学びました」
- 「できたことを連絡帳に書いていただけると、家でもほめられるので助かります」
- 「先生が困っていることがあれば教えてください。家庭でもできることを一緒に考えたいです」
こうした具体的なフレーズを練習しておくことで、実際の面談で緊張しても言葉が出てきやすくなります。
第10回:まとめ・ふりかえり
全9回の学びを振り返り、成功体験や課題を共有します。学校連携の進捗も確認し、今後の実践計画を立てます。フォローアップセッションへの橋渡しも行います。
コアエレメントとの対応関係
厚生労働省が定めたペアレントトレーニングのコアエレメント(6要素)と、奈良式の対応関係を整理します[2]。
- 行動の3分類 → 第1回で実施(学校場面の行動も対象)
- 子どもの良いところ探し&ほめる → 第3・4・7回で重点的に実施
- 行動理解(ABC分析) → 第2回で実施(学校場面も含む)
- 子どもが達成しやすい指示 → 第6回(CCQ)で実施
- 不適切な行動への対応 → 第5回(計画的無視)で実施
- 環境調整 → 第8回で実施(学校環境の調整も含む)
6つのコアエレメントすべてをカバーしたうえで、学校連携(第9回)が上乗せされている構造です。コアエレメントの「家庭で学んだスキルを日常生活に般化させる」という趣旨を、学校という最も重要な般化先に具体的に展開した方式と言えるでしょう。
精研式との違い
奈良式は精研式をベースにしているため、基本構造はほぼ同じです。主な違いは以下の点です。
- 学校連携セッションの有無:奈良式は第9回に学校連携の専用セッションがあり、精研式にはない
- 各セッションの視点:奈良式は各セッションで「学校場面ではどうか」という視点が一貫して加わる
- 対象の広がり:精研式が保護者のみを対象とするのに対し、奈良式は間接的に教師の行動変容も射程に入れている
- 般化の仕組み:精研式はホームワークを通じた家庭内での般化が中心だが、奈良式は学校という異なる環境への般化を積極的に支援する
どちらが「優れている」というものではありません。学校との関係に課題を感じている保護者にとっては奈良式が、まずは家庭での関わり方に集中したい保護者にとっては精研式が適している場合が多いでしょう。
他方式との比較
奈良式と他の主要方式の違いをまとめます。
- vs 精研式:精研式は家庭での対応に集中。奈良式は学校連携を追加。基本構造は同一
- vs 肥前式:肥前式は知的障害児が起源で環境調整を重視。奈良式はADHD児が主対象で学校連携を重視
- vs 鳥取大学式:鳥取大学式はASD特化で5〜6回の短期型。奈良式は全10回で学校連携が独自要素
学齢期の子どもがいて、学校との連携に困っている方は奈良式を検討してみてください。詳しい比較はペアトレ完全ガイドを参照してください。
奈良式が向いている方
- 学校での子どもの行動に悩んでいる保護者
- 先生との連携がうまくいかないと感じている方
- 家庭と学校で一貫した対応を実現したい方
- 担任の先生に子どもの特性をどう伝えればよいかわからない方
- 個人面談や懇談で緊張してしまう方
- 特別支援教育コーディネーターやスクールカウンセラーとの連携方法を知りたい方
逆に、就学前(保育園・幼稚園)のお子さんの場合は、園との連携に読み替えて実施されることもあります。学齢期(小学生〜中学生)のお子さんの保護者に特に有用な方式です。
奈良式を受けられる場所
奈良式は、奈良県を中心に全国の自治体や支援機関で実施されています。「学校連携」の要素を取り入れたペアトレは、教育委員会主催の講座として実施されることも多く、お住まいの市区町村の教育委員会や特別支援教育センターに問い合わせてみるとよいでしょう。
また、発達障害者支援センターや児童発達支援センターでも、奈良式またはその要素を取り入れたペアトレが実施されている場合があります。「学校との連携」について学びたいという希望を伝えると、適切なプログラムを紹介してもらえることがあります。
参考文献
[1] 岩坂英巳 編著『困っている子をほめて育てる ペアレント・トレーニングガイドブック——活用のポイントと実践例』じほう, 2012年
[2] 厚生労働省「ペアレント・トレーニング実践ガイドブック」令和元年度障害者総合福祉推進事業, 2020年 (PDF)
[3] 厚生労働省「ペアレント・トレーニング 支援者用マニュアル」令和2年度障害者総合福祉推進事業, 2021年 (PDF)
[4] 岩坂英巳・中田洋二郎・井澗知美 編著『AD/HDのペアレント・トレーニング——むずかしい子にやさしい子育て』じほう, 2004年

コメント